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源氏物語の世界
 
 
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源氏物語の世界
源氏絵鑑帖より 巻一 桐壺  この物語の登場人物たちは大部分、本名が分かりません。「空蝉(うつせみ)」とか「玉鬘(たまかずら)」というのはあだ名です。これが帖名となっていることもあるようです。男の場合は役職名で呼ばれることが多いのですが、出世などで役職名が変わる場合があり、注意して読まないと混乱します。

  『源氏物語』が書かれたのは藤原氏が摂政や関白という地位にあり、事実上、天皇に代わって政治を行なっていた時代です。摂政や関白になるのは、普通、天皇の母方の祖父や叔父でした。

  この当時の貴族の結婚は、娘が実家に住み続け、男がその屋敷に通うというものでした。男が住み着くこともあり、また、関係が長くなると男が女を引き取るということもありました。生まれた子どもは母親とその両親が世話をすることになります。

  天皇の場合、たいてい中宮(ちゅうぐう=皇后)・女御(にょうご)・更衣(こうい)といった、何人もの妻を持ちます。そこで、高級貴族たちは競って娘を宮中に入れ、皇子を生ませたいと願ったのでした。

  こうした事情を背景に、『源氏物語』は始まります。
[あらすじ]
 昔、天皇と美しく優しい妻がいました。しかし天皇には他にも多くの妻がいて、最愛の女性はその中では更衣という低い身分でした。その更衣の父はすでに亡くなっていたので、更衣は皇子を生んだ時も心細く過ごし、子の成長を見ることなく亡くなってしまいました。彼女を桐壺(きりつぼ)の更衣、天皇を桐壺帝(きりつぼてい)と呼びます。

 皇子は美しく賢く育ちました。桐壺帝は皇子の行く末を考え、臣下の身分にして「源」の姓を与えました。これが主人公、光源氏です。やがて、桐壺の更衣に生き写しの藤壺(ふじつぼ)が妻となり、桐壺帝の心は癒されます。光源氏もまた、母の面影を求めて慕うのですが、それが許されぬ恋へと変わり、ついに藤壺は光源氏の子を宿してしまいます。この子は桐壺帝の十番目の皇子として育てられました。

源氏絵鑑帖より 巻四 夕顔
 光源氏はその人生で、さまざまな女性と関係を持ちます。葵の上(あおいのうえ)は十二歳の光源氏の妻となり、やがて子を生みますが、うちとけることはありませんでした。六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)は前の東宮(とうぐう=皇太子)の未亡人で、光源氏と結ばれましたが、愛人の一人に過ぎないことを嘆き、物の怪となって葵の上に取り憑き、命を奪ってしまいます。

  光源氏の永遠の思い人は母親でした。母親似の藤壺に恋焦がれ、やがて藤壺の幼い姪・紫の上(むらさきのうえ)を見い出し引き取ります。この紫の上が生涯最愛の妻となります。また、明石の君(あかしのきみ)は光源氏が須磨に流されていた時に関係を持ち、後に中宮となる娘を生んだ女性です。そのほか、中級貴族の後妻だった空蝉、お互い名も知らず愛しあった夕顔(ゆうがお)、没落した宮家の娘・末摘花(すえつむはな)、いくつになっても恋多き源典侍(げんのないしのすけ)、名門のお嬢様・朧月夜(おぼろづきよ)。こうした多くの女性とのかかわりの中で、光源氏は成長していきました。

  次第に光源氏は昇進し、栄華を極めました。壮年期は六条院という理想の邸宅に女性たちを住まわせ、准太政天皇(じゅんだじょうてんのう=上皇と並ぶ地位を与えられた人)に至るという、輝かしいものでした。
〈以上、第一部〉

 しかし、朱雀院(すざくいん)が女三の宮(おんなさんのみや)を源氏の妻にすると決めた時から、その輝きが曇り始めます。苦しむ紫の上と、女三の宮との間で戸惑う光源氏。やがて、親友の息子・柏木が女三の宮と通じ、男子が生まれます。これが「宇治十帖」の主人公・薫です。不義の子をわが子とすることになった光源氏は、かつての自分に思いを馳せます。
  その後、紫の上に先立たれた光源氏は出家を思いますが、物語では出家も死も直接描かれていません。「雲隠(くもがくれ)」という、本文の無い巻があるだけです。この巻は五十四帖には数えません。
〈以上、第二部〉
宇治十帖
 光源氏が世を去ってから歳月がたちました。光源氏とさまざまなかかわりを持った人々も、それぞれの人生を歩みます。「匂宮(におうのみや)」「紅梅」「竹河」という、光源氏死後の人々の動向を紹介する橋渡しのような三巻を経て、物語の舞台は宇治の地に移ります。

  光源氏の後を継ぐと噂される魅力あふれた貴公子が二人いました。一人は光源氏の末っ子・薫。もう一人は、光源氏の孫にあたる第三皇子・匂宮。叔父、甥の関係にある同世代の二人は親しい友人であり、恋にかけてはライバルでもありました。とはいえ、情熱的で行動的な匂宮に比べると、薫は常に控えめで、物ごとを楽しまず、仏教哲学にひかれる青年でした。薫はひそかに疑いを抱いていたのです。母はなぜあんなに若くして出家したのだろう、それは自分の生まれにかかわりがあるのだろうか、と。
[あらすじ]
 宇治川のほとりの山荘に二人の娘とひっそり暮らす、八の宮(はちのみや)という皇族がいました。その人柄を慕い、宇治に通っていた薫は、晩秋のある夜、偶然、大君(おおいきみ)と中の君(なかのきみ)の姉妹を垣間見て(かいまみて=のぞき見て)、心ひかれます。この話を聞いた匂宮も心を動かします。また、薫はこの山荘の老いた女房・弁(べん)から不義の子であるという、自らの出生の真相を知らされます。《橋姫─はしひめ》

  翌年、宇治に立ち寄った匂宮は中の君と文を交わし、心ひかれていきます。その後、八の宮は薫に死後のことを託して亡くなりました。薫は姉妹を支援しながらも姉・大君への思いを募らせ、大君に胸の内をうちあけます。《椎本─しいがもと》

  八の宮の一周忌の後、薫は大君に求婚しますが、大君は中の君を薫にすすめます。「中の君と匂宮を結びつけ、大君の心を変えよう」と考えた薫の手引きで、中の君と匂宮は結ばれます。大君は二人の結婚を認めますが、薫と自身との結婚は拒絶し続けます。その後、皇族である匂宮の訪れは途絶えがちとなり、事情を知らない姉妹は失望します。妹の不幸を嘆く大君は心労のあまり病にかかり、薫に看取られて息絶えます。《総角─あげまき》

  姉を亡くし、悲しみに沈む中の君を、薫は前にも増して世話をしました。やがて、匂宮は中の君を京の二条院に引き取ります。薫は大君の面影を宿す中の君への思いを胸に秘めますが、もはや、その幸福を願うしかありません。《早蕨─さわらび》

  中の君を迎えた匂宮ですが、時の権力者・夕霧(ゆうぎり)の娘である六の君(ろくのきみ)との結婚で二条院から足が遠のきます。嘆く中の君を慰めるうちに思いを募らせる薫でしたが、中の君は薫に心を移さず、異母妹・浮舟(うきふね)の存在を知らせます。浮舟は八の宮と母・中将の君(ちゅうじょうのきみ)との間に生まれましたが、常陸介(ひたちのすけ)の後妻となった母に連れられ、東国で育っていたのでした。その一家が上京してきたことなどを、薫は弁の尼(八の宮の山荘の老いた元女房)から聞き出します。数カ月後、薫は宇治で偶然、大君の面影を持つ浮舟を垣間見て心を奪われます。《宿木─やどりぎ》

  その頃、浮舟の結婚相手に選ばれた左近少将(さこんのしょうしょう)から一方的に破談にされます。居場所の無くなった浮舟は二条院の中の君のもとへ身を寄せます。しかし、匂宮に言い寄られ、三条の小家に身を隠すことになりました。薫は小家を訪れ浮舟と結ばれます。そして薫は大君との思い出の地・宇治に浮舟を移しました。《東屋─あずまや》

  一方、浮舟が宇治にかくまわれていることを知った匂宮は、薫を装って宇治を訪れ、強引に契りを交わします。浮舟も情熱的な匂宮にひかれていきました。薫と匂宮との間で板挟みとなった浮舟は、追いつめられて死を思い、かくまわれていた屋敷をさまよい出ます。《浮舟─うきふね》

  浮舟失踪後、入水と察した人々は遺骸の無いまま葬儀を営みます。匂宮は悲しみから床に臥し、薫も八の宮ゆかりの姫君たちとのはかないかかわりを嘆きます。《蜻蛉─かげろう》

  浮舟は横川僧都(よかわのそうず)一行に助けられていました。その後、横川僧都の母と妹である尼たちの住む洛北小野の里に移され、自ら望んで出家してしまいます。翌年、宮中での横川僧都の世間話から薫に浮舟の生存が伝わります。《手習─てならい》

  薫は浮舟の弟を小野に遣わしますが、浮舟は対面を拒み、薫の手紙も受け取りません。薫は思います。かつて自分がしたように、だれかが浮舟をかくまっているのではないか、と。《夢浮橋─ゆめのうきはし》〈以上、第三部〉

  『源氏物語』はこれで終わります。この後については、読者の想像にまかされています。
源氏絵鑑帖より 巻四十五 橋姫
源氏絵鑑帖より 巻四十六 椎本
源氏絵鑑帖より 巻四十七 総角
源氏絵鑑帖より 巻四十八 早蕨
源氏絵鑑帖より 巻四十九 宿木
源氏絵鑑帖より 巻五十 東屋
源氏絵鑑帖より 巻五十一 浮舟
源氏絵鑑帖より 巻五十二 蜻蛉
源氏絵鑑帖より 巻五十三 手習
源氏絵鑑帖より 巻五十四 夢浮橋
絵/宇治市源氏物語ミュージアム所蔵
『源氏絵鑑帖』より